中途半端な大人にならない

小学生の時に描いた大人象。

スーツを着て、何かようわからんプレゼンみたいのして、毎朝経済新聞読んで、休日は白のシャツにピンクのセーターを肩からまいている…。

(いや、違うやろ!そんなイメージ違うやろ!)

なんだか漠然と小学生なりに大人象を描いていました。

30歳越えればコーヒーのブラックやワインをたしなみ、世の中の事なんてすべて分かるもんだと…。

現実はどうだったのか…。

 

30歳を超えた自分

30歳を超えた自分は小学生の時に描いていた大人になれているのか?

ジーンズを履き仕事をし、休日は中学生から着ているパーカーを着、カブトムシを見ればテンションが上がり、コーヒーは牛乳とお砂糖が必須で、ワインよりもウェルチのぶどうジュースが好きで、子どもと嫁の取り合いをする…。

ん?変だな…。こんはずじゃ…。

 

大人ってなんなん?

そもそも大人ってなんなのか?

考えたら、大人でいる期間は子ども時代よりはるかに長いわけで、30代なんて大人の世界では、まだまだ若手に入る。

自分がどんな大人になりたいのかなんて、20代の時は全くもって考えていませんでした。

自分がどんな大人になりたいのか意識しだしたのは、子どもが生まれてからでした。

 

どんな大人になりたいか

僕は子どもが生まれてから、自分はどんな大人になりたいのかを考えるようになりました。

僕の考える大人とは

① 何事も全力で取り組み、やり切ること。

② 世の子どもたちを守り育むこと。

③ 何をするにも責任を伴う事。

これだけは大人として最低限やるべきことなんだと思っています。

大人としてやることはそれぐらいしか思いつきません。

どうやら僕は「大人」という言葉に縛られていたような気がします。

 

変に大人ぶらない

僕はどんな大人になるかよりも、どんな生き方をしていくかを考えるようにしました。

そうして考え出すと、子どもの時と同じ感覚でワクワクしたり、メラメラするものが出てくるようになりました。

自分は大人だから、大人だから、大人だから…。

いや、大人の条件なんて最低限を守っていればいいだけで、あとは子どもでいた方が人生を楽しめる。

37歳の僕の出した答えは、

もう、大人ぶるのは辞めて、子どものままで行こう!

です。

 

子どものままでいい

コーヒー牛乳とぶどうジュースが好きで、カブトムシにテンションをあげ、子どもと嫁の取り合いをする・・・。

これでいい。(いいのか?)

子どもの頃、おじいちゃんちで過ごした夏休みのワクワクした日々のように、毎日をワクワク過ごす。

子どものときには難しいことは考えずに、目の前のことに没頭し、夢中になれた。

何かを継続するのに崇高な理念が心の支えになることもあるけど、一番大切なのは純粋に没頭し夢中になること。

これに勝ることはないと思います。

 

中途半端な大人にならない

大人という言葉に縛られ、変に空気を読みすぎて、自分を押し殺す。

責任ばかりを考え、無難な選択を繰り返す。

そんなことになる位なら、大人になんてならなくていい。

大人にならなくていいというよりは、変に大人ぶろうとするのは時に足枷となってしまう。

大人なんて難しくなく、最低限のことを満たしていればあとは子どものままでいい。

そう考えた方が人生が豊かになり、自分の達成したい目標に最短で行けると思います。

中途半端な大人にならない。

 

最後に

子どものままでいればいい。

でも本当に子どものままでは、色々と問題があるので、コアな部分というか心の真ん中は子どものままでいいと思います。

何かにワクワクし、夢中になり、没頭できる。

これに経験と志(こころざし)が加われば、必ず自分のやりたいことを達成できると思います。

そして、そんな夢中になっている大人を見て、子どもたちは大人になることにワクワクします。

楽しそうなことをしている人の周りには、その人を応援する素敵な仲間が集まる。

この好循環が生まれれば、必ず人生は豊かになります。

ありがたいことに、僕の周りにはそんな素敵な指針となる人がたくさんいます。

中途半端な大人より、子どものように振り切った大人でありたい。

僕はそう思っています。

 

 

 

 

 

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