僕に夢を見せてくれた馬

僕が過ごした、北海道での競走馬の育成牧場時代に夢を見せてくれた馬がいました。

そんな一頭の馬のお話です。

僕の育成牧場時代

僕は高校卒業後、北海道の競走馬の育成牧場に就職しました。

僕の就職した育成牧場は個人経営の小さな牧場で、3~40頭の馬を管理していました。

育成牧場とは簡単に言うと、競馬場に行くまでの馬をトレーニングする牧場です。

育成牧場は1才になった馬を預かって、人を乗せるトレーニングから競走馬になるための走るトレーニングをすることや、競走馬の休養やセリに出すための馬づくりなどが主な仕事です。

華やかな競馬場の仕事とは違い、地道でなかなか厳しい仕事です。

僕のいた育成牧場の馬たちは主に地方競馬の馬がメインで、皆さんが知るような有名な馬がいる所ではありませんでした。

ただ、地方であろうと中央であろうと、馬たちは上を目指して日々、厳しいトレーニングに励んでいました。

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1頭の馬との出会い

高校卒業して、ペーペーだった僕も少しづつ、競走馬に乗ることになれてきたころ、一頭の馬がやってきました。

葦毛(あしげ)の少しがっちりした体形の馬。特に特徴のない普通の馬でした。

お父さんはライブリマウントという、それほど目立った成績を残した馬ではありません。(関係者の皆様、ごめんなさい。)

僕はこの馬の担当になり、鞍をつけるトレーニングから、競馬場に行くまでのトレーニングを半年ほど続けました。

まだ名前のないこの馬は笠松競馬場に行くことになりました。

本当に印象の薄い、何か秀でるものはない、普通の馬でした・・・・このころまでは。

いよいよデビュー戦

育成場から笠松競馬場に行って2カ月ほど。いよいよ、デビューの日がやってきました。

その馬の名前はミツアキタービン。

ミツアキタービンのデビュー戦は2着。

正直、僕の感想は「よくがんばったほうだ。」ぐらいでした。

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徐々に頭角を現してくる

2戦目。ミツアキタービンは見事に勝利を飾ります!

とてもうれしかったですが、大井や川崎で勝利を重ねる他の馬に比べれば、印象は薄い方でした。(関係者の皆様、ごめんなさい。)

しかし、3戦目も勝利し、4戦目でも2着だったミツアキタービンは中央のレースに挑戦しに行きます。

ただ、中央の壁は厚く、4着と敗れました。

それでも僕は大健闘だと拍手を送りました。

風向きが変わったのはその後3戦ほど経ての「ダービーグランプリ(統一G1)」に参戦したときのこと。

メンバーは中央の強豪たちがぞろぞろ。

笠松から来たミツアキタービンには到底かなう相手ではないように感じました。

ところがミツアキタービンはこのレースで3着に入ります。

1着の馬からは離れていたといえ、かなりの好成績でした。

しかもこの時1着になった馬は、のちにドバイのレースを勝つことになるユートピアという馬でした。

このレースを見た僕は「これは、ひょっとしたら只者じゃないかもしれない。」と確信に変わりつつありました。

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ミツアキタービンが帰ってくる

連戦の影響で、疲れの出てきたミツアキタービンは休養のため、一時、育成牧場へ帰ってきました。

僕の知っているミツアキタービンはそこにはいませんでした。

体つき、雰囲気。すべてがパワーアップしていました。

しっかり休んでリフレッシュしたミツアキタービンは、いよいよ騎乗トレーニングを始めることになります。

ありがたいことに、担当は僕となりました。

久々にまたがるミツアキタービンの背中、明らかにパワーアップをしていました。

そして徐々に競馬場に帰る日が近づき、トレーニングも本番さながらになってきました。

「めいいっぱい追ってこい。(本気で走らせること。)」

僕は坂路(はんろ:坂道になったコースのこと。)でしっかり追いました。

ミツアキタービンの背中から感じるパワーと手綱越しに伝わる躍動感。そしてオンとオフを使い分けることのできる賢さ。

期待は大きく膨らみました。

中央のGⅠレースへの前哨戦

休養明け後のミツアキタービンは、中央の特別レースを勝ち上がり、中央のGⅠレース「フェブラリーステークス」への挑戦が決まりました。

その前哨戦となる「平安ステークス(GⅢ)」。

ミツアキタービンは3番人気という期待を背負って、レースに挑みましたが、ここでは6着。

正直、中央での上位クラス馬たちの厚い壁を感じましたが、何とか「フェブラリーステークス」への出走の準備が整いました。

フェブラリーステークス出走

いよいよ「フェブラリーステークス」当日。

やはりGⅠとあって、出走メンバーはとても豪華。

アドマイヤドン、ユートピア、ノボトルゥー、イーグルカフェなど、そうそうたるメンバーが揃いました。

自分の関わった馬がGⅠの舞台に、しかも笠松から。

馬と関わる仕事をしている人の喜びはこの瞬間にあると言ってもいいかもしれません。

テレビでの観戦でしたが、本場馬入場の時には、鳥肌が立ちました。

「ああ、あの馬がこんな大きな舞台に立てるなんて。すごいな・・・。」

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スタート!!

ターンタターンタターンタタタ・・・・

東京競馬場にスタートのファンファーレが鳴り響き、競馬場のボルテージは最高潮。

そして、僕も、育成場の先輩たち、上司もみんなテレビにくぎ付けとなりました。

ゲートインが完了し・・・・ガッシャン!!スタートしました!

競馬をご存知の方ならお分かりいただけると思いますが、東京競馬場の1600mはスタート後、少しの間、芝のコースを走ります。

つまり、スピードがないとあっという間においていかれるのです。

枠も味方してか、ミツアキタービンは出負けすることなく、先頭から2番目の絶好の位置につけました。

レースはよどみなく進んでいき、3コーナーを回り、4コーナーへ。

ミツアキタービンはまだ2番手、しかもジョッキーは手綱を控えたまま…。

最後の直線!!

終始2番手をキープしたミツアキタービンは手綱を控えたまま、まだ追い出さない。

後ろからはアドマイヤドンやスターリングローズ、サイレントディールが迫ってくる!!!

僕はまさかの展開に心臓が口から飛び出そうになり、大声で叫びまくりました!!

「いけーーーーー!!!そのまま!!!東川(騎手)!!!追え!!!いけーーーーーーーー!!!!」

残り200m。まだ先頭!!

残り100m。まだ粘っている!!!

「まさか、まさか!!!!!!!!!!」

もうあまりの興奮に、記憶が飛んでしまいそうでした。

しかし、後ろから迫りくる中央の強豪たち。

粘るミツアキタービンをかわし、塊のままゴールへ!!!

・・・・その時、ミツアキタービンが負けたのは分かりましたが、結果は大大大大大健闘の4着。

笠松の馬がですよ?(関係者の皆様、ごめんなさい。)

ライブリマウントの子がですよ?(関係者の皆様、ごめんなさい。)

もちろん、悔しい気持ちもありましたが、大きな夢を見せてくれたミツアキタービンに大きな拍手を送りました。

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その後のミツアキタービン

その後、ミツアキタービンは交流重賞のダイオライト記念、オグリキャップ記念と連勝し、笠松の第2の葦毛の怪物と言われるようになりました。

第1の葦毛の怪物はもちろん、オグリキャップです!

今はミツアキ牧場で種牡馬として、余生を過ごしているそうです。(会いに行かなきゃ!)

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最後に

僕はミツアキタービンからたくさんのことを学びました。

馬乗りとしての技術はもちろん、環境や逆境を言い訳にしてはいけないこと。

最後まであきらめない姿は、人の力になるということ。

そしてなにより、夢と希望を与えてくれた姿に僕は心から感謝しています。

最後にミツアキタービンのフェブラリーステークスでの雄姿をご覧ください。

ミツアキタービン、ありがとう!!!

2004 フェブラリーステークス動画

 

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