夢はなくても何か続けていれば夢ができる 後編

夢はなくても何か続けていれば夢ができる。

僕は小さいころから夢がコロコロ変わる、夢見がちな男子でした。

でも、子どもと馬を繋ぐことを人生の真ん中に置くことになるまでの、ざっくりとしたお話です。

前編はこちらから ⇒ 夢はなくても何か続けていれば夢ができる 前編

 

高校卒業後はフラフラしていた

パティシエか。馬の仕事か。

悩んでいたのか、悩んだふりをしていたのか…。

とにかく、高校卒業後の僕はただフラフラとして、県内の乗馬クラブのお手伝いをしながら、彷徨っていました。

「よし!やっぱり馬の仕事だ!」と決心したかと思えば、また悶々。

「よし!やっぱりパティシエを目指そう!」と決心したかと思えば、また悶々。

今の僕が、当時の僕に合ったら、間違いなくドロップキックをお見舞いしています。

そんなこんなで、高校卒業後の2か月間は悶々とした日々を過ごしていました。

 

決心する出来事

そんな悶々とした日々に、終わるを告げる出来事がありました。

それは、祖母の死。です。

僕の母方の祖母は、とても穏やかで優しく、本当にドラえもんののび太のおばあちゃんみたいな人でした。

小学生の時、共働きだった両親のもとで病弱だった僕のために、学校を休む時はよく家まで来てくれました。

そんなやさしい祖母が、何の前触れもなく、突然この世を去りました。

僕は祖母の葬儀の時に、祖母との思い出よりも自分のふがいなさで頭がいっぱいになりました。

「俺は何をしているんだ。」

あんなにやさしく、お世話になった祖母に何も成長した姿を見せられなかった…。

僕はついに腹をくくります。

「北海道で馬の仕事に就こう。」

 

北海道で就職活動

馬の仕事に就くことを決心した僕ですが・・・。

「え?馬の仕事ってどうやって探すん?」

今のようにネットが発達していなかった当時、僕はどうやって馬の仕事を探せばいいのか途方に暮れていました。

そんな僕が知恵を絞って考えた結果が、「馬と言えば北海道。とりあえず北海道に行こう。」でした。(浅はか!)

僕はなけなしの貯金を握りしめ、とりあえず北海道へ向かいます。

北海道に来たものの、何をすればいいのやら…。

牧場に直接行って話を聞いてもらうか…。それとも北海道の求人誌を読み漁るか…。

あ。ハローワークあるやん。

僕は偶然見つけた静内町にあるハローワークに相談へ行きました。

僕「すみません。僕、競走馬の牧場で働きたいんですが…。」

担当者「わかりました。どういった牧場で働きたいですか?」

僕「えーと。とりあえず、馬にも乗れて、何でもできるところがいいです。」

担当者「はぁ。ご経験はおありですか?」

僕「高校の時に馬術部でした・・・・。」

担当者「なるほど。では、こことかこことか…。アポを取りますので、後日また来ていただけますか?」

僕「後日・・・。いや、いますぐに何とかしてほしいんですけど?」

担当者「は?今すぐはちょっと…相手のこともありますし。」

僕「いや。そう言わずに今すぐに会えるとことを紹介して下さい!!!」

そんな無茶苦茶な要求を担当者の方に押し付け、僕は一件の競走馬育成牧場を紹介してもらいます。

担当者「今日会ってくれるそうです。とてもやさしくて、良い人だから、安心していってください。」

僕はうれしくて、即効コンビニで履歴書を買い、たどたどしい文書で履歴書を書いて、その牧場へ向かいました。

 

話が違う…

やさしくて、良い人。

きっと、ハイジのおじいさんみたいな社長なんだろうな。(僕が思う牧場の社長のイメージはそんなんでした。)

そんな期待に胸を膨らませ、牧場を訪ねてみると・・・。

そこには真っ黒のクラウンが止まっていて、そのクラウンの天井に肘をついて立っているサングラス姿の190㎝はあろうかという大男がいました。

僕「すみません。あの・・・。」

大男「おお。お前がハローワークから連絡くれたやつか。ま、入れよ。」

え?

え?え?

ええええええええええええええええ????

話が違う。僕は騙された。きっと、この事務所に入ったら、理不尽な契約書に無理やりサインさせられて、ロシアに売られていくんだ…。

僕は変な妄想が止まりませんでした。

事務所に入り、ソファーに座らされた僕は止む無く履歴書を差し出しました。

履歴書を3秒ほど見た大男は早々に履歴書をテーブルに放り投げ、

大男「で?いつから来れるの?」

僕「え?」

大男「いつから来れるのかって聞いてんだよ。」

はい。終わり。僕の人生完全終了のお知らせ。

頭に「絶望」の二文字が浮かびました。下手に逃げたら、本気で消されると思ったので、

僕「す、すぐにでも、来れます。」

大男「じゃあ、来週からよろしくな。」

僕の初めての就職活動でした。

 

北海道での5年間

この大男。見た目は190㎝を超える、どう見ても只者じゃない容姿ですが、本当にやさしく良い社長でした。

ここでは北海道での5年間は書ききれないので、別の機会に書きたいと思います。

ただ、競走馬という馬がレースに出るまでの大変さ、情熱、馬と生きることの覚悟、馬の怖さ。

馬と生きていくための基本はこの北海道での5年間で学びました。

北海道には感謝しかありません。

 

夢が形になる

競走馬の仕事を5年間したあと、僕は熊本の阿蘇の乗馬クラブに就職します。

その阿蘇の乗馬クラブで初めて馬と子どもの関わりを学ぶのですが、始めからそこを期待していたわけではありません。

阿蘇の乗馬クラブに就職したのはもっとネガティブな理由からです。

競走馬の仕事がしんどく、恐かった。

それが99%の理由です。

子どもを馬に乗せるくらいなら、楽で楽しそう。

そんなかなり舐めた理由で転職をしました。

僕は結局、阿蘇で7年近い日々を過ごすのですが、その日々はまたの機会に…。

ただ、その7年間で僕はようやく夢が決まります。

ただの夢じゃなく、限りなく目標に近い夢を持ったのは30歳手前でした。

今でこそ、明確な夢と目標を持つことができましたが、それは一つの事を続けていたからです。

 

夢はなくても何か続けていれば夢ができる

夢を持て。と言いますが、僕は慌てて夢を持つことはしなくてもいいのかなと思います。

もちろん、早い内から明確な夢と目標を持つことが何よりだと思いますが、焦って無理やり持つ夢は幻になってしまいます。

僕は30歳手前まで、明確な夢と目標を持っていませんでしたが、馬の仕事という事だけは辞めずに続けていました。

今、明確な夢や目標がなかったとしても、無理やりに夢を作らず、目の前のことに一生懸命であれば、夢は後付けでやってきます。

僕は夢もなく、馬の仕事をしてきましたが、目の前の事に全力を注いできた自負はあります。

だからこそ、こうして今は夢と目標に向かって、一日一日を全力で過ごすことができています。

夢を持つことも大切だけど、それ以上に目の前のことに一生懸命であること。

まずはそこが大切だと僕は思います。

そうして生きてきた者が明確な夢と目標を手に入れたとき、半端ない力を発揮できると確信しています。

 

最後に

最後に僕の夢をつらつらと書きとめたいと思います。

僕は「子どもたちが豊かで安心して過ごせる社会を作ること。」が大きな夢であり、目標です。

そのために僕には「馬と共に子どもたちを幸せにすること。」「児童虐待問題に魂で立ち向かう事。」という二つの使命があります。

具体的には馬のいるファミリーホームの設立、子どもと馬の関わりの有益性を世に広める、自家生産馬で子どもたちを世界の舞台に連れて行く、僕自身も選手として日本一を目指す。

そんな夢と目標をしっかり持てたのは30歳になってから。

37歳の今も夢は増え、毎日を精一杯生きることを自分の基準としています。

夢を持つことを焦らない。夢を持つこと以上に、目の前のことを一生懸命であれ。

そうすれば、夢は自然と与えられるものだと思っています。

 

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