子どもは子どもでいてくれるだけでいい

僕には「子どもが豊かで安心して過ごせる社会をつくる。」「児童虐待の無い社会を作る。」という人生の目的があります。

ずいぶんと崇高な目的のように聞こえるかもしれませんが、本気で実現しようと想っています。

それは弱くてどうしようもない僕に生きる目標と役目を与えてくれた子どもたちに対する自然な感情だからです。

子どもは子どもでいてくれるだけでいい。

それが社会にとって必要な存在だからです。

 

子どもを守る本能と自分を守る本能

子どもの未来のために。子どものしあわせのために。

こういった想いを持った大人の人達が世の中にはたくさんいます。

それは昔から引き継がれてきた、人間の本能と言うかすごく当たり前の感情だと思います。

人類と言う種を残していくために備わった、人間が本来持っている大切な機能の一つです。

大げさではなく、生き物の目的が種の保存である限り、備わっていないといけない機能です。

難しいことを言っているのではなく、子どもを大切に想う気持ちは理屈抜きの人の本能なのだと思います。

ただ、人は自分自身を守るという矛盾した本能も持っています。

このバランスが崩れたときに、弱き子どもに矛先が向いてしまう。

人はよくできた生き物のようで、何とも未完成な矛盾を抱えながら生きている生き物なんだと思います。

 

オス(男性)の本能とメス(女性)の本能

生き物の多くはオス♂(男性)とメス♀(女性)に分かれて繁殖を行うシステムで種の保存を行っています。

・・・たまに性別変わる生き物(カタツムリ、カクレクマノミ、ナメック星人。)とかいますが、それは置いといて。

(よく考えたら大魔王が卵産むって、どんな設定だよ…。)

そして、生き物の多くは群れを形成して、自分たちの身を守ります。

その群れの最小単位が「家族」であり、大きくは「社会」なのだと思います。

ここでオスとメス、男性と女性の本能の違いがあります。

オスは群れのボスとなり、大きな「社会」を守るという本能があります。

一方、メスはわが子を最優先に守るという本能があります。

この本能は人間の男性と女性でも当てはまります。

大抵、でかい夢物語を語るのが男性で、現実を語るのが女性です。

これは本能から来ているので、おおむね仕方のないことです。もちろん例外はありますが。

 

本能に従う

人はおもしろい生き物で、この本能に逆らって生きて行こうとする特性があります。

おそらく、そんなことをするのは人間だけです。

でも、確かに本能のままに生きていたら、文明社会は築けないと思います。

あまりそこを深堀すると、話が果てしなく続くのでやめておきます。

ただ、本能に逆らうことは、それなりの代償を伴います。

ストレスを抱え、自己防衛に傾きやすくなります。

ときには本能に逆らう事が、理性を育て、人間ではなく人として成長をさせてくれます。

でも、本能と生きる目的が一致したときこそが、僕は最強な状態だと思っています。

つまり、子どもと言う存在を守り、社会と言う大きな群れを保つことが、オス(男性)の持つ本来の本能なのです。

僕はこの本能に従い、「児童虐待の無い世の中を作る。」と言う目的に向かい行動しているだけです。

 

子どもは子どもでいてくれるだけでいい

本能、本能うるさいと思いますが、本能を利用することが僕は最強の生きるパワーになると信じているので、本能に従う行動を心掛けています。

赤ちゃんが笑うとこちらも笑う。子どもが楽しそうにしているとこちらも楽しくなる。

子どもが傷つくと悲しくなる。子どもが亡くなるニュースを見るとやるせなくなる。

これらすべてが、オス(男)である僕に本来備わっている本能です。

子どもを守り、社会を守る。

この本能に従った行動を起こすために必要なのは、子どもが子どもでいてくれることです。

子どもが子どもでいてくれるだけで、大人は、特に男性は子どもを守る意識が強くなります。

この子どもを守る意識を男性が持つことで、僕は社会が成り立っていると思います。

世のため、人のためと言うのはきれいごとではなく、男性が持つ本能なのです。

 

最後に

僕は子どもが豊かで安心して過ごせる社会を作っていきます。

その過程で、避けては取れないのが児童虐待の問題です。

この世の一番の不幸は「愛されるべき人に愛されないこと。」「守るべき人に守られないこと。」です。

その愛されるべき人は実親であるのが理想でしょうが、僕は実親である必要はないと思います。

たくさんの大人が、一人の子どもに関わり、愛し、守る。

これでも十分に子どもの豊かな将来に繋がります。

そして、他を想い、子どもを守る想いは人間に備わった本能です。

この本能に従い、力に変えることが最強である限り、「児童虐待の無い社会を作る。」ことは難しいことではないと思います。

今の現状から夢や目標を設定することは大切ですが、人から笑われるような大きな夢や目標であっても、自分の信念と想いを強く持てば、夢から目標、そして目的となり、必ず達成できると思います。

そして、その信念と想いが本能から来るものであれば、それはさらに力強く、多くの人を巻き込み、実現可能となります。

理想論や夢物語を語っているわけではありません。

子どもは子どもでいてくれるだけでいい。

そう言い切れる世の中、子どもたちが豊かで安心して過ごすことのできる社会、児童虐待の無い社会を必ず実現させます。

それが僕の本能から来る衝動だからです。

 

 

 

 

 

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