父と行く修学旅行

僕には今、3人の子どもがいます。

小学3年生の長男、小学1年生の次男、2歳の長女。

うちの子どもたちは10歳になると「父と行く修学旅行」というイベントが待っています。

この「父と行く修学旅行」は、USJやネズミさんの夢の国に行くような、ワクワクするような修学旅行ではありません。

生きるとは何か?

それをとことん考える、楽しい要素など一つも無い、まさに修学旅行です。

 

僕が生きることを考えた場所

僕は生きることに悩んだときは、手帳に自分を鼓舞する写真や、手紙の一文を貼っています。

児童虐待で亡くなった子の事件の記事。

特攻隊員の残した遺書。

東日本大震災で児童74名が亡くなった大川小学校の写真。

家族の写真など一切貼っていません。

重いかもしれませんが、僕にとっては生きることと向き合うために必要なものです。

僕は今、大切な人たちに囲まれ、自分のやりたいことにすべてを注ぎ、生きることができています。

そのありがたさ、尊さをおろそかにしてしまい、弱い自分に引っ張られそうになるときがあります。

そんな時は、手帳に貼られた先ほどの写真や手紙を見て、弱い自分の尻をひっぱたきます。

なぜ自分は生かされているのか?自分の成し遂げたいことは何なのか?

それを常に自分に問いながら生きています。

そうやって自分の生きる意味を考えさせてくれる事に由縁のある場所に子どもたちを連れて行きます。

 

修学旅行先は3つの場所から選ぶ

父と行く修学旅行先は以下の3つの場所です。

知覧特攻平和会館

靖国神社

大川小学校跡地

このいずれかから行き先を選んでもらいます。

僕は神風特攻隊の礼賛者でもなんでもありません。

ただ、なぜか神風特攻と不思議な繋がりがあっただけです。

その不思議な、奇跡のような体験は以前のブログで書いています。

⇒ 僕が「神風特攻隊」に教えてもらったこと。それと小さな奇跡と。

僕らが現在を生きていく上で、先の大戦から目をそらすわけにはいきません。

日本はなぜ戦争をしたのか?なぜたくさんの命を失ったのか?当時の人達がどんな想いで命をかけて戦ったのか?

そこにしっかり向き合わない限り、今の社会情勢、国際情勢、世の仕組みを語ることはできません。

そして、僕のおじいちゃんは戦争体験者で、戦艦「金剛」の乗組員でした。

このおじいちゃんの生き方も、僕の生き方に大きな影響を与えています。

その話は、また違う機会に。

そして、2011年に起きた東日本大震災。

多くの方が犠牲となり、その被害の凄まじさは記憶に新しいと思います。

また、東日本大震災をきっかけに、生きる意味を考えた人は多いのではないでしょうか?

東日本大震災のなかでも、宮城県石巻市での津波被害に遭った大川小学校での出来事。

津波により、児童74名が犠牲となり、子どもを守ることが何なのかを考えさせられる出来事です。

僕は震災から6年後に大川小学校跡地を訪ねました。

その時のブログはこちらから。

⇒ 僕の人生を大きく変えた日。そして、誓いを立てた場所。

自分たちが生きる意味、生かされている意味。亡くなった人たちがどんな想いで命を落としたのか。

これから生きていく上で何を大切にし、自分の真ん中に何を置くのか?

そんなことを考えさせてくれるのが、前述した3つの場所だと思っています。

 

父としてできること

僕は3人の子の父親ですが、父親としてできることの役割の主は、子どもに「在り方を見せる。」ことだと思っています。

人としての在り方、大人としての在り方、父親としての在り方、男としての在り方。

何か格好いいこと言ってますが、僕には「在り方を見せる。」それが一番、子どもたちに伝えたいことを伝える方法だと思っています。

どんなに素晴らしいことを説くよりも、自分自身が教材となり、生きざまを見せる。

古い考えかもしれませんが、父親としてできるのはそれが一番大切だと思っています。

 

生きる意味を考える

写真や教科書を使って、教えることもできます。

でも、僕は現場の空気や、雰囲気を感じ、五感を使って学ぶことが、一番だと思っています。

その現場に行って、そこで何が起こり、そこにいた人がどんな想いでいたのか。

それを子どもなりに深く考え、自分と向き合う時間を持つこと。

それは生きる意味を考えることと同義で、とてもとても大切な時間だと思っています。

僕はこの10歳で、生きることに向き合うきっかけを与えることが一番のタイミングだと思っています。

「つ」のつく間は神の子。と言われ、5つ、6つ、7つ、8つ、9つ。

「つ」のつく間はとにかく無条件の愛情を注ぐことが大切と言われています。僕もそう思っています。

「つ」が無くなる、10歳の時。子どもにとって、大人へのステージが一つ上がります。

今の子どもたちが大人になるのは18歳から。

12歳くらいになれば、思春期を迎え、親の言うことはうっとうしくなる。

それは大人になるために当り前のことで、子どもが思春期に入る前の10歳に、親として一番大切な事を伝えたいと思っています。

 

最後に

今を生きている以上、僕にとっては先の大戦と東日本大震災と向き合う必要があると思います。

僕は先の大戦の大義を議論するつもりはありません。

ただ間違いないのは、当時、戦争を体験し、戦い、犠牲になられた方々は僕らと同じ人間です。

同じように家族を愛し、痛みを感じ、悲しみに打ちひしがれていたはずです。

その多くの犠牲の上に現在があるのは、紛れもない事実です。

そして、東日本大震災という未曽有の大災害で、犠牲になられた方々、子ども達も同じです。

生かされているという言葉はきれいごとに聞こえるかもしれませんが、僕は生かされていると思っています。

たまたま生まれた時代、生まれた場所が良かっただけと言えばそれまでですが、生かされている以上、中途半端な生き方はできません。

わが子が10歳になり、「生きる」ことと向き合うきっかけを「父と行く修学旅行」で作りたいと思います。

自分たちが生かされている意味をそれぞれが考えたとき、子どもたちは大人になるためのステージを一つ上がれると思っています。

 

 

 

 

コメントを残す

*