馬と鞭

動物虐待。

その象徴とされるのが、競馬での鞭の使用。

競馬そのものが虐待だという話もありますが、それは置いといて。

昨今では、1レースに鞭の使用は何発まで等、鞭の使用に対しての制限をかける流れが強まっています。

確かに鞭は使い方によっては、馬を痛めつけることもできますし、感情のままに使用すれば虐待につながる道具ではあります。

ただそれは鞭の使用回数の問題ではなく、鞭の使い方の問題だと思います。

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鞭の大きな役割の一つに、馬にもっと推進力を与えるために、お尻を叩く使い方があります。

勝つか負けるかをかけているのですから、この時ばかりは強く使わざるを得ません。

ただ、お尻を叩けば叩くほど速く走るわけではありません。ここは使い方を考えなくてはいけないと思います。

しかし、鞭には他にも役割があります。

① 馬を真っ直ぐに走らせるため

馬は本来、まっすぐに走りません。必ずどちらかに寄って走るのが自然です。

それを真っ直ぐ走らせるために鞭を使います。

右に寄ってくるようであれば、左から振って見せたり、馬の肩を軽くたたいたりして修正します。

 

② 時には叱る

馬は生き物ですから、時には人の言うことに反抗することがあります。

人を落とそうとしたり、動くことを拒否したり。

そんな時は反抗に対して、いけないことだと伝えるために使います。

 

そして、競馬のレース中には人馬の命を救うためにも使用します。

馬はとても賢い動物なので、ゴールが近づくと「まあ、こんなもんでいいだろう。」と自分で走ることをやめてしまう子もいます。

それが、トップスピードで走っている最後の直線で起こったら、他の馬を巻き込んで大きな事故につながりかねません。

そんな場面で、鞭の使用制限なんてかけていたら、人馬共に命の危険にさらされてしまいます。

また、一生懸命走るのを拒否して、前に行くのをやめてしまう馬もいます。

競走馬は勝てなければ生き残れません。一生懸命走らなければ、一番にはなれません。

つまり、鞭は使い方次第で痛めつける道具にもなれば、人馬の命を救う道具にもなるのです。

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鞭を使う=馬を痛めつける

決してそうではなく、それは使う人間次第であって、鞭そのものを悪にして制限をかけるのは正直、違和感しかありません。

包丁は人を喜ばせる料理の道具にもなれば、人の命を奪うこともできる。

SNSでも人を勇気づけることもあれば、傷つけることだってできる。

言葉だって一緒。

だから、何かを悪に仕立てて、それを排除する流れになりがちですが、しっかりと本質を見落とさないようにしなければいけません。

無知が時に、人を傷つけてしまうことを肝に銘じます。(無知と鞭・・・。うまいこと言ってんな。)

 

 

 

 

 

 

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